2014年12月24日

会いたくなった時に君はここにいない



個人的な話だ。19日親戚のおばさんが肺がんで亡くなった。去年の夏に家に来てガンにかかって年は越せないと涙ながらに語っていた。「そんなことは無いだろう」と筆者は本気で言った。確かに年は越せたが、来年までは行かなかった。

実は10月にお見舞いをしにそのおばさんの家を訪ねて行ったのだ。8月終わりに突然家族ぐるみの付き合いがあった母の学生時代の女性の友人がこれまたガンで亡くなった事を知らされ、「しまった!」と後悔した。一回見舞いに行こうかと思ってたが、外出するのも難しい状況なので躊躇してたのだ。だから数日前亡くなったおばさんも、もしかしたら見舞いにも行けずに別れてしまうのではないかと思い、母の友人の49日に出席するついでに親戚のおばさんの所にも寄ったのだ。


10月に訪問した時点での病状は明らかに悪くて、下半身がやせて今年越せるかどうか難しいとそのとき思った。痛みが酷く、筆者がいるときでも、薬が切れ看病している夫に早く薬をくれと苦し紛れに言ってたから、筆者がいても邪魔なだけだと思い10分程度の訪問で去ることにした。
 おばさんは病院で入院していたのではない。検査時点で末期だったので抗がん剤治療は行わないと決め、そのために入院できずに自宅で痛み止めを服用していたのだ。別れ際、おばさんが筆者に自分の手を差し出してきたので軽く握った。今生の別れと思っていたのだろう。耳も遠くなりろくに会話が出来なかったが、意識ははっきりしていた。

亡くなる1週間くらい前か、夢でおばさんが現れその子供が泣いている映像を見た。12月に入って心配が募っていたから夢に出てきたのだろう。
葬儀が終わった後、遺族と親戚らだけでカラオケでも行って鎮魂歌として上の曲でも歌いたかったが、おばさんの家と葬儀場は栃木で一泊だけの予定だったので、葬儀の最中に退出せざるを得なかった。

この「愛しい人へ捧ぐ歌 」は本当にいい曲で桑田佳祐の亡くなった母と姉に対しての真情をつづった曲と思われる。姉に対しては恋心に近いような気持ちを持っていたようだが、これは多くの人にも思い当たる事があるだろう。
 筆者と同年代の亡くなったおばさんの子供らとも筆者は仲がよく家族ぐるみの付き合いをしていたから、葬儀場を離れて家に着いたときは心が引き裂かれるような気持ちになった。と同時に今でもそのような気持ちがある事が不思議に思えた。子供の頃彼らの家へ遊びに行って帰るときに、いきなり泣き出していた時もあったからそんなに筆者の事が好きなのかと少し嬉しく思ってた事を思い出す。

でもそれは恋心と言うより、今は心の結びつきが遠い昔からあったからそのような気持ちがあるのではないかと思っている。その母親である今回亡くなったおばさんや、母の友人である女性も筆者の母以上に突っ込んだ話を何度もした人であり、何らかの強い結びつきを感じていた。学校や職場ではほとんど気の合う人がいなかったから不思議なものだ。
 筆者は付き合いが面倒だし時間とカネの無駄だと思っているので、単なる遊びだけの交友関係はブチブチ断ち切ってしまったし、近所の忘年会も拒否している。飲んだくれの人間が幅を利かせるような場所など行きたくないのだ。カネだけの仕事上の関係も断ち切った。今は孤独になって集中力は上げなくてはならないと思っているからだ。加えて学校や仕事上の知り合いや友人のほとんどは正直言ってほとんどそりが合わないから付き合う必要性は無いし、それどころか危険とさえ思っているから、努力して孤独になろうとしてたのだし、これからもそうせざるを得ないのだ。
 しかし、なぜかしらないが、親戚の人たちとは全く疎遠になるということはなかったし、子供の頃よくしてもらった人に対してはお見舞いや葬儀には当然の義務だと感じていたから、通夜とセットになっている嫌いな酒席の場に出席することも拒絶反応は無かった。

テレビや本で、前世でなんらかの関係があった人は今世でも同じように関係があると述べている事を何度も見聞きしている。UFOコンタクティーのビリーマイヤーが二十歳前後アスケットと言う女性の宇宙人と初対面したとき、初めて会ったのにまるで再会したかのごとく涙がこぼれ出て抱擁しあったと述べているが、アスケットがそのとき「前世の事を思い出して御覧なさい」と言ったという。彼らは確かヨルダンで停泊した宇宙船内で一泊し、朝、外へ出て水を溜めた桶にタオルを浸し半裸になって体を拭き、朝日を浴びながら水を掛け合ったそうだが、その光景を想像すると、いわゆる性的な事が絡んだ男と女の関係ではなく、そのような関係を超越した心の結びつきを筆者は感じるのだ。またこの宇宙人女性はたまたま居合わせた世界を放浪しているイッチーという初老のおじさんを招きいれ時間旅行にマイヤーと一緒に同行させている。非常に大胆な女性に思えた。

この様な結びつきは英語で言うところのソウルメイト(soul mate)なのだろう。言葉通りに解釈しても必ずしもセックスが絡んだ関係ではないのだ。そうと思われる関係が筆者には親戚の人に多く見られるのだ。
 以前テレビで前世療法を行っているアメリカ人医師の事が放送されたが、患者の中に前世で親子になってたり兄弟になっている人を発見したという。ある人生では親子になったり、またある人生では夫婦になったり、クリスマスイブだからあえて言うが性的な事など付属的な事柄に過ぎないと思えてくるのだ。邪悪なメディアはそこばかり注目しているが。

葬儀場でおばさんの遺体の前でお焼香したとき、「しばしの別れだ」と心の中でつぶやいた。これはあの世で会おうという意味で無く、生まれ変わって人間として会おうと言う意味だ。
 筆者はあの世で自分の事を見守ってくれなどと言うあつかましい気持ちで手を合わすことは無い。亡くなった人が生まれ変わったときもっといい人生になるよう筆者は努力すると決意表明をするだけだ。亡くなって逝った人の最期があまりにもむごたらしくて悔しくてたまらないから。

posted by danpei at 12:40| others