2015年01月19日

「龍馬伝」の弥太郎の様で思わず見入ってしまった(笑) ほか

TBS 流星ワゴン

110万部突破の小説が原作だそうだが、原作は絶対に香川照之演じるキャラじゃないと思う(笑)
可笑しすぎるよ、香川照之を見てると全編ベテランのコメディアンのコントを見てるようで。地上波の民放ドラマで遅くまでまともに見たのは本当に久しぶりだ。

ドラマを見て思ったのだが、これは人があの世に行った時に生きていた頃を回想するのに似ているんじゃないのか?
あの世は睡眠と同じようなもので、この世で経験した知識や経験を総括し、英知として潜在意識に刻み込み、その後生まれ変わるというが、主人公の親子を見ていると、そんな事をふと思った。




でも前から疑問に思っているのだが、仮に幼いときに死んでしまったら、あの世でこの世で経験した事に関して深い考察など出来るだろうか?筆者の母親が亡くなって、戸籍謄本を取ったときに母親の兄弟で1週間ほどで亡くなった人がいる事を初めて知った。おばさんに聞いたら確かにそうだと言っていた。そのような人がこの世についてあれこれあの世で考えるなんて出来るとはとても思えない。

だから、あの世に行ったら、これまでの多くの転生で努力して培われた才能、知識が全て体現されるのではないだろうか?でなければ、早世してしまったら、このドラマの様に過去を見つめなおすことなど出来る訳がない。

しかし、この世に生まれ変わったら、これまで獲得した知識や経験がリセットされてしまう。とはいえ、潜在意識の中にそれは封印されているだけであり、少し努力すればこれまで培われてきた才能をすぐに呼び覚ます事が出来る。前世で努力していなかった人に比べて楽に才能が開花する。だから同学年の人でも色々な才能を持った人が出る。差が出るのは親のDNAや家庭環境だけではないし、知性は遺伝しない。
このドラマの前に放映していたバラエティ番組では前世の記憶をもつ子供の話しがあったね。(同じTBS系列の番組だったか?)

ドラマでは父親(香川照之)を嫌っていた子(西島秀俊)が、実は父親が自分の事を本当に思ってくれていたんだと分かり涙するシーンがあった。これは漫画ブラックジャックでも同じような話がある。フィクションではそうであって欲しいという作者の願いでもあるのだろうが、実際はそんな子の憎しみが氷解するようなことは少ないのではないのか?

筆者なんて、母が亡くなった後、初めて見た父親の本を見てその中の略歴を見たら、自分が生まれた年の翌年ヨーロッパに行ったとか書いてあるからとんでもない奴だと改めて軽蔑してしまったよ。やっぱり家族を捨てたんだなと。
 生前、母は父親の事についてろくに語らず情報だけ提供し、今ここで催し物を主催しているから行けば会えるよみたないこと言っていたが、全く会いたいなどと思わず結局、全く会わずに父はあの世に行ってしまった。父の死ぬ間際のときも会わないかと母に誘われたが「会う必要性が無い、そんな事をしたらまさに人生のフィナーレではないか」と言って拒絶した。母はそのとき涙を流していた。

心の中では誰が会うもんかという気持ちだったし今でもそうだ。父親の葬儀にも母に誘われたが出席しなかった。父親の方が筆者に会いたいと言う明確な意思を伝えていたのなら筆者は会ったのかもしれないが、それは全くなかった。母親の方も明確に会って欲しいとも言ってなかった。しかし内心は涙を流したことから、会って欲しかったのだろう。でも子供である筆者からすれば、会って欲しいと思っているのか判然としない親の所に自分から行くのは屈辱以外の何物でもない。筆者と母を捨てた人間なんだから。心の中ではどう思っているのか不明だったが行為としてはまぎれもなくそうだった。冗談じゃないという気持ちだ。

母の誘いで父親の墓に行ったときも手を合わすことはなかった。その事に関して後で読んだ母の日記には、なんで手を合わさないんだと憤慨した記述があったのだが、そのときの筆者の気持ちは足で墓石を蹴り倒してやろうかと言う気分だった。

それに比べると香川照之は筆者とは逆だよね。親でも子でもないと酷い事を言う父親に対して、子である香川照之は会いに行き看病までしたのだから。
posted by danpei at 00:01| Entertainment