2015年10月26日

美輪明弘の解説では、ケセラセラとは自分の思った通りの自分になると言う意味に受け取れた

どうでもいい話題。ちょっと長文になるのでブログに記載。
昨日のTBSラジオの美輪明弘の番組で有名な曲である「ケセラセラ」を流していたのだが、彼の解説を聞いていたら、もしかしたらケセラセラとは、実は自分の思ったとおりの自分になってしまうと言う意味を表現しているのではないのかと感じたので、英語歌詞を検索して読んだが、やっぱり違っていた。あの曲調ではそんな含蓄のあるような事を言っているとは思えなかったしね。

とはいえ、ケセラセラ、なるようになるとは、否定的にも肯定的にも解釈しようと思えば出来る言葉だ。昨日の美輪さんの解説では肯定的な解釈もあえて含ませて言ったのではないのだろうか?

かつて自分のいた会社がリストラに遭い、各社員が新しい道を模索しなくてはならない時、社員の一人が「なるようになるさ」と半ば人生を諦めたかのような調子で言っていたのを思い出す。筆者はこの言葉を聞いた時は、今でもそうだが、全く同意できない言葉だった。しかし現在の大半の勤め人はその社員と同様の事を思っていることだろう。
 しかし「ケセラセラ」では、他愛のない親子の会話が軽やかに表現されて、同じ意味として使われているのに、こちらでは幸せな感じを受ける。この言葉は、人によって色んな受け止め方、使い方が出来る言葉だ。

でも別の見方として、この曲が発表された当時は、ケセラセラと親子で楽しく会話できるようなやわな時代だったとも言える。何となく人生を生きても、そこそこ幸せになっていくんだろうねと言えるような時代だったのだ。しかしその何十年後かは、人生を諦め吐き捨てるような台詞として使われてしまうのだが。

筆者としては美輪さんがあえて示した別の解釈(筆者の思い違いかもしれないが)、自分が思っている自分になってしまう方をあえて支持したいし、実際誰もがそうだと思う。
 まるで自己啓発本のタイトルのようになってしまうが、心の中で思っていることは遅かれ早かれ実現してしまうものだ。だから我々は自分の心の中を常に厳しく監視していなくてはならない。
 実現したい何かだけではなく、実現して欲しくない何かも心の中で育まれている事を我々は往々にして見逃しており、それが不幸に繋がるからだ。

おちゃらけたギャグアニメに成り果てたドラゴンボール超でも昨日言っていたではないか。
ウイスとか言う、孫悟空より強い破壊神の介添え人いや、師匠がベジータにアドバイスとして

「もっと気を制御する方法を覚えなくては...それが出来れば、あの孫悟空とか言うサイヤ人も超えるでしょうねえ...」

と。つまり、心の持ちようで「なるようになれる」のだ。自分がなりたい自分になれるのだ。

それにしてもあの中性的な容貌と喋りは、それこそ数十年前に言われたミスターレディ、かつてのドラゴンボールに出てきたザーボン、そして美輪明弘を髣髴とさせる(笑)。

(ウイスと言う名称はなんなのかねえ?いかりや長介の挨拶ではあるまいし、多分ビルスが「ビールス」から取った名前だろうから、ウイスは「ウイルス」から取ったのかな?)
posted by danpei at 05:46| Entertainment