2017年12月28日

個人的には今年を表す一文字は徒労の「徒」だった(笑)

野菜の値段が高騰している。この事態は既に暑い時からわかっていたから、早めに種まきをして苗も多く植えたがほとんど全滅になってしまった。天候のせいもあるのだろうが、なぜか苗がある時点になるとしおれてしまうのはいまだに不明。ショックだった。家庭菜園レベルでこの敗北感を味わうなら、台風などで作物を全滅させられた農家の人の気持ちはどれ程のものか、想像を絶する絶望感だろう。

後で処分するのが面倒なポリエチレン製のマルチ(根覆い)の代わりに、薄いベニヤを細長く切ってアルミ箔を貼り付けてマルチの代用をしたが、全く功を奏しなかった。まさに徒労。この失敗のショックから玉ねぎの作付けは今回やめてしまった。さすが、天中殺の年だけのことはある。

去年も天中殺で、何年も前から屋根裏にネズミが入り込んで、それを対策するために、考えられるすべての穴をふさいだ...と思っていたが、全然余裕でネズミは夕方に入るとねぐらの様に家にしけこみ、明け方うるさい音を立てながら出ていく。冬場は来なかったのだが、何と今年の1月にまるで8月の時の様にうるさい音を立てながら自宅のあらゆる場所を走り回ってきた。枕元付近の壁の内側にもやってきて、深夜たたき起こされた。
 頭に来たので壁をどんどん叩いて驚かしたがあまり効果がない。1万もする野生動物用のトレイルカメラを買って、いそうな場所に設置した。ネズミはネズミ捕り粘着シートに死骸として見つかるのだが、実際に動いているのはこれまで自宅脇の道端で一度見た以外全く見る事ができない。音だけ聞こえる厄介者で本当にどこから侵入するのか全く捕捉する事ができない。
 結局そのトレイルカメラでも捕捉する事は出来なかった。どこに設置してもダメだった。ネズミぐらいの大きさでは赤外線反応ができないのだろう。これも徒労。

最終的に雨どいに隣接する瓦の下のわずかな隙間をすべて洗い物用のスポンジで塞いでネズミの侵入を防ぐことに成功した。最初はまさかここから入り込めるとは思えないと思っていたが、ネズミが入り込んでいる状態で塞いでいない穴はそこしかなかった。屋根の4辺すべてスポンジで塞いだからかなりの量のスポンジを買った。最初は安上がりなスチールウールでやっていたのだが、すぐに雨でさび付きボロボロになったのでスポンジに置き換えた。スチールウールを使ったのも徒労だった。

何度も対策しても余裕でネズミに入られるショックを味わされたため、天井からの音に非常に敏感になってしまった。トラウマだ。又来るのでないのか?そうなったらまたどこから入ってきたのかと考えなければならない。そう考えるとほんの少しの音でも心が傷ついてしまう。全く弱い人間だ。

業者に頼めばそんな面倒な事に頭を煩わせる事もなかっただろう。しかしその費用は30万もするとか言うから論外だ。ハチの巣撤去でも1万。馬鹿らしいほど高い金額だ。
 屋根裏にはネズミだけではなくハチも巣を作っていた。家の中にハチの死骸が出てくることに不審に思っていたら、暑い季節になって寝室の天井付近から羽音がしている事から、中に巣を作られてしまっている事を確信した。一応屋根裏に行って確認した。偵察用のハチが筆者にちょっかいを出してきて手ではたいた。黄色スズメバチだ。
 テレビでは重装備の業者がハチの巣を撤去する映像をよく見かけるが。今の寒い季節にやれば重装備をしなくても自分でできる。
 数年前、屋根の頭頂部にビーチボール大の巣を作られて、今のような季節にそれを物干しざおで突いて破壊した時、ハチは巣から出てこなかった。もぬけの殻で白い卵だけが見つかっただけだ。要は成虫は越冬する事ができないのだろう。

このように出費を抑えるために全部自分ひとりでやっているが、これは別の理由もある。
筆者の野菜栽培は一応本などを読んでやっているのだが結局自己流だ。農薬を使わない事が前提で、近くの農家の人にも役場主催の教室に行って栽培方法を教えてもらったこともない。
筆者はあえて自分一人の力で解決する事にしたわけだ。そうでもしないと真の実力、生活力、研究開発力が備わらないと思っているからだ。何もかも一人でやるというのは一般常識的観点からすれば無謀と思うが、現実を見た場合、個人的にも社会全般的にもそんなに甘い状況ではない。

もちろん、多くの人と協力し合える関係構築ができればそれがベストなのかもしれない。しかし、それを前提にしている人たちの考えは結局他人に甘えている。他人の過度への依存は結局自分自身を堕落させている。その現状からでも、最初からおんぶにだっこの人達だらけだから協力関係など構築できない。これは各国間の外交でも同様の傾向だ。
協力関係はまず各個人や各国家が自主独立の気概がないと成り立たない。

結局一人でやらざるを得ないのだ。筆者は二十台の時からこれからは自分で木をこすって火を起こすような気概で行かなくちゃだめだと思っていた。

一人でやらざるを得ないのは、どうやら筆者の生業であるソフトウェア開発でもそうなってしまいそうだ。もちろん現状でも一人で開発しているのだが、それはオペレーティングシステム、CPUなどの土台の上で動作しているソフトウェアに過ぎない。つまり、その土台の部分も作らなければならない時代が到来しているのではと思いはじめたのだ。

スマートフォン開発の現状を見ると、CPUやGPUさえも自社設計にしているメーカーが目立ってきた。OSはAppleは当然自社製。競争が激しいこの業界は、訴訟合戦と更なるマーケットシェア拡大のための買収がひっきりなしだ。メーカーが自家製のCPUやOSにする理由は当然自分たちが自由に物事を進めたいからに他ならない。しかしそのメーカー製の商品のユーザーは逆に更なる制限を強いられている。

常にヒットしたテクノロジーを後追いするMicrosoftも同様だ。筆者のツイッターや前のブログエントリーでも言及しているが、Microsoftのアプリストア(最近Microsoft ストアと改称したそうだが)のアプリ登録のための制限は極めて厳しい。制限だらけだ。その上、そのアプリを作る為のMicrosoftのツール類があまりにもお粗末。そのためなのか、Microsoftストアは閑古鳥が鳴いている。完全な失敗である。一方制限が緩いAndroidスマートフォンのアプリストアはAppleの後追いでも多くのアプリであふれかえっている。もちろんユーザーを欺くソフトなども素通りさせてしまっているのも原因なのだろうが、玉石混交でもソフトがないよりはずっとましだ。
セキュリティを強化すると自由度が奪われ、その反対の状況は賑わう事は賑わうのだが、これも良い状態とは言えない。

つまり新天地を求めざるを得なくなってしまっているという事だ。AndroidでもGoogle社の制御下にあるので彼らの考えに背く行為は当然許されないのだし、違法行為でなくても何らかの制限があるのは当然だ。
要は筆者はがんじがらめのOSから逃れたくなったわけだ。
そして次にはCPUのインストラクションセットの束縛からも解放されたくなるだろう。

最終的に半導体製造さえもDIYになるかもね。でもそう思うと実際は大変なのになぜかウキウキしてくる(笑)。
筆者の自給自足指向は農産物だけではなく工業、サービス業にも拡大されていくわけだ。


工業、サービス業にも自家消費が浸透していく世の中になってもらいたいものだ。
多分そうなるだろう、いや、そうならざるを得ない。多くの人達が自由を制限されロクな収入を得られない現状なら間違いなく...

しかし、それを達成するには更に多くの勉強しなくてはならない。つまり個人的に今年を象徴する一文字は生徒の「徒」でもあるのだ。

posted by danpei at 12:31| others