2019年02月12日

堺屋太一の読みは素晴らしかったが、彼の理想とする経済モデルは破綻確実な従来型のものでしかなかった

進次郎氏「人口減少を嘆くのはやめましょう」 石川県で
「いくら嘆いたって人口が減ることは変わらない。どうやったら人口減少でも豊かさと強みを引き出せるかを考える方がよっぽど前向きな地域づくり、国づくりができると思いませんか。」
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堺屋太一が亡くなったと言う。親交のあった人達から惜しむ声が聞かれ、ニュース番組では彼の功績を紹介。彼が1997年(平成9年)に著した小説「平成三十年」では、出生数が年100万人切った年、男性の生涯未婚率の数値もほとんどズバリ当てていたと言う。この予測的中の要因になったのが統計情報だ。彼は、あらゆる統計を読むのが日課になっていたらしく、トイレの中でもずっと読み続ける事もあったと言う。
 そして、死ぬ間際まで次の預言めいた小説を書く意欲があったそうで、証言によると日本は経済規模が上から5〜60番目くらいになる事を書く予定であったと言う。


しかし、正確な予測をしていた彼が望んでいた経済モデルは、高度経済成長時と同様の経済モデルでしかなかった。これは出生数の低下が一番の日本の懸念と思っていたこと、2025年大阪万博推進の立場からして明白だ。また彼は1970年(昭和45年)の大阪万博に携わっていた。この年は、ほぼ日本の高度経済成長が終わった年だった。

何で彼が思っている悲惨な未来を予測出来ていたのに、それを解決するのは昔ながらの手法しか思いつかなかったのかと不思議に思う。堺屋氏は日本しかフォーカスしていなくて、世界全体を俯瞰して見ていなかったのだろうか?

堺屋氏の予測していた様に日本はもっと経済規模は小さくなるだろう。しかしそれが不幸な事だとは筆者は全く思っていない。そもそも今の経済システムは無駄金を吐き出すほど良い経済指標になる仕組みであり、より無駄が省かれ人々が品行方正になればなるほど経済規模が下がっていくのは当然だ。
 今までは、あらゆる巨大な利潤をたたき出す要因は、人を騙すことを前提とした詐欺的な商慣習だった。巨大な利益があるという事は、巨大な不正や犯罪が隠れている事は間違いない事だ。例外もあるが、それは本当に少ないと筆者はみている。
 その例外が日本の有名、無名の企業であり、自らの努力でぼったくりをせずに適正な利潤で会社を大きくしてきた。無論日本国内にも詐欺的企業はたくさんある。現在報道されている個人のアパート経営を支援する建設会社もそうだ。しかし、それでも日本には詐欺行為を行わず自らの努力で価値を創造してきた企業が目立つ。それが堺屋氏の言う知価革命なのかもしれないが、要するにカネや国土、人口の多さが唯一の富の源泉ではないことを日本は証明しているのだ。どんなに資源があっても政情不安のベネズエラのような国もあるのだし、豊富な資源、広大な国土、人口の多さが大きな利点と考えるのはあまりにも考えが浅い。

富とは、これまで観念的と言われ夢想家の戯言と思われてきた目に見えないものだと、はっきり認識する時代が来るだろう。現時点でも特許料や音楽やソフトウェアの著作権料があるのだし。そして工業もソフトウェアの比重が高くなり、ますます軽薄短小となり経済規模がますます小さくなっていく。巨大な利益をむさぼる事はどんどんできなくなってくる。巨大IT企業のやっている個人情報詐取も国際的包囲網でできなくなってくるだろう。つまり各国もいずれ日本のようになっていくわけだ。
そして、その目に見えないもの、つまり高度な知識や知恵は、現在の経済システムをも些末なものの換えていく。いずれ経済と言う言葉が死語になり、今の経済学は極めて一部の学者のみ知られるようになる。基本的な仕組み以外、ほとんど詐欺的なものだから、将来歴史学の中の一つに組み込まれてしまうだろう。

高度な知識や知恵こそ富の源泉であるが、これは高い精神性を持っていないと持て余すものとなってしまう。現在のように強欲が支配している世の中では、高度な知識は一瞬で世界を消滅させる兵器に転用されるなど、破壊的作用を引き起こすだろう。だから日本や世界が目指すものは、何より経済より高い倫理性を育てる教育が最重要課題になる。そうでないと高度な技術、巨大な技術を扱う事が実質出来なくなり、最悪世界の破滅を招くことになる。
posted by danpei at 13:03| 政治経済